近親なるものを頼むことが出來ないといふ心を起した。
 かくの如く、自分を憫《あはれ》むの情は、かれの空想的の死を一層合理的なものとなし、且また悲壯的のものとなした。
 理由を明さないで自ら殺さう。といふ考が段々發展して、嚮《さ》きに考へた道徳的負擔から逃れる爲めといふよりも、樂な心持を與へた。
 一方富之助が死の空想を飾り、之を多樣に構想して居る間に、遠い姉に對する不祥な豫感が、絶えず、現實的の威嚇となつて彼を襲うてゐた。
 かう云ふ懊惱《あうなう》が富之助を痩せさせる間に、三日經ち五日經つた。
 船に一杯の石油を積み、それに爆發物を載せて、夜の海上に船を爆發させ、それと共に死なうなどと空想したこともあつた。
 或は富士の人穴のやうな誰も知らない洞の奧に這入つて、死後も人に見付からないやうに死なうかとも考へた。
 然し一番良いのは、かの海を臨む懸崖から、過失のやうに見せて死ぬといふことである。
 或る月の良い晩に富之助が從兄の耕作に言つた。「僕は昨夜《ゆうべ》△△崎まで行つたよ。實に寂しかつた。」
「昨夜? 一人で。」
「ああ。」
「何しに行つたの?」
「膽力を試す爲めに。」
「本當か
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