やうだね。君ロオレライつて歌を知つてゐる?」
「僕はそんな文學的の事は知らない。」
「然し綺麗な女の人魚でも居るつてことは想像されるね。」
「あ、セエリングが來た。きつとまた西洋人だね。」
「ここの下ばかりへ船が來るのかい。」
「ああ。」
「向ふは。」
「島から向ふにや行かないよ。波があるからだらう。」
「あつちへ行つて見ようか。」
「止さう、咽喉が乾いた。家へ早く行つてラムネを飮まう。」
二人の少年は橋のところから去つた。彼等は山の中の不動の瀧といふ瀧を浴びに行つて歸つたところである。
少年の一人は富之助で、それより一つ年上の方は其|從兄《いとこ》であつた。
富之助は無理に父の家を出て、從兄の故郷へ遊びに來たのである。
少年が立ち去つたあとから二人の旅行者と一輛の空の馬車とがこの橋の上を過ぎた。それからは長い間誰も通らないで、太陽はやや傾き、なほも爍々《しやくしやく》として、岩層、橋梁、樹木、雜艸、空低く飛ぶ鴎の羽を照らした。
富之助は旅行して來た始めには、詳しい懺悔の手紙を父母や姉に出して、そして姉の今在る危險の状態を警戒し、そして自分は死を以て過去の罪と汚《けがれ》と
前へ
次へ
全49ページ中41ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 杢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング