興味だつたらうか。それともこの汽車に乘つて、強く少年の興味を引く誰かが來るのであつたらうか。
 然し少年のこの行動は全く誰の注意をも引かなかつた。即ち少年が二階の屋根に登つたのを見た人があつても、之をば全く何等の意義もない惡戲として輕々に看過したからである。もしこの靜かな町を見下してゐる人が之を見つけたとしたら、きつと一種の興味ある點景人物として喜んだに相違ない。
 ところが實際は決してそんなのんきな事ではなかつた。かの少年に取つてはこの二階の屋根に登るといふ、一見滑稽な惡戲が、實に重大な事件であつた。

 少年が屋根へ登る家は小さな川のそばにあつて、黒塀が※[#「※」は「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11、229下−27]《めぐ》つて居る。建物は古いけれども、何となく鷹揚《おうやう》な間取で、庭も廣い。裏手は極《ごく》疎《まば》らな垣根で小川に接して居る許りであるが、そこには欅《けやき》、樫、櫻、無花果《いちじゆく》などの樹がこんもりと繁つて居り、低い葡萄棚の下が鷄の小屋になつて、始終鷄の聲がしてゐる。
 今言つた二階は大きな銀杏樹《いちやう》と柿の樹との爲めに好く見えないが、
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