は試驗の點數を問はれることであつた。死んだ長兄が非常に秀才であつたことが長く父の頭に印象してゐて、富之助はいつもそれと比較せられた。
父が言つた。「今日はお前の友達が東京から來るさうだが、試驗の事も分るだらう。」
この語《ことば》は色々な意味で富之助に甚《はなはだ》しい恐怖を與へた。どぎまぎしながら、善くも考へないで富之助が答へた。「友達つて云つても本當の友達ぢやないんです。だつてずつと上の級で、それに年も隨分上ですから……」
無論父親は決して富之助を苛《いぢ》める爲めに富之助に尋ねたのではなかつた。實際子を思ふ至情からであるのだが、それが富之助には獄吏の笞《しもと》かと思はれるのであつた。
富之助の心中にはかういふ不安があつても、然し知らない他人がこの一家團欒の景情を見たら、いかにも清い幸福がこの一室を罩《こ》めてゐると思ふに相違なかつたらう、富之助の父はもう職務を廢《や》めて、舊稿の詩文を集めるといつて一室に籠つてゐて、聖者のやうな生活をして居る。またその母親はこれほどやさしい母親はあるまいと思はれるほどにやさしい。二人の姉妹もまた神の如く、また天使のごとく尊くまた愛らしい
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