に抱へた大學生や、鼠の二重廻の男、洋服を着た十三四の女の子、その紫紺色の外套が殊に美しかつたことやなどが大勢集つてゐて、一種の繪模樣を造り出して居た。
昨夜は近い山に雪が降つた。かう云ふ事は南方の海國には珍しいので、人々はその噂を以て朝の挨拶に代へて居た。で、町の人は皆朝日を受けた山を見たのである。山腹の畑、松や蜜柑の樹、また遠山の皺《しわ》、それらの上には紫いろの白い雪が積つて、そのあひまあひまの山の色は種々《いろいろ》な礦石で象眼したやうに美しい。殊に遠い峰は赤沸石《エエランヂツト》のやうな半透明な灰緑色を呈して、ぼんやりと漠々たる大空の内に沈んでゐる。唯ここかしこに白雲の※[#「さんずい+翁」、第4水準2−79−5]淡が――鋭く小刀で、彫まれたやうに――風もないのに動いて居る。
「成程ゆうべは寒《さみ》いともつたら、ほれ山《やま》ああんなに積つた。」で濱に立つ漁夫《れふし》でも、萬祝の古着で拵へた半纏で子供を背負つた女房でも、皆《みんな》額に手を翳して山の方を見た。
汽船に乘つてから町の方を見ると、一列の人家が山脈の直下に見え、三千石の平地がその下にありさうには思はれない。見
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