が突然まだ寂しかつた頃の此郷に來て、毎夜十字街に立つて説教したのである。それは西洋から歸つて來たこの郷の人であつた。後に其人の新しい、感情的な人格はこの一郷の多くの青年に深い感化を與へた。
 さう云ふ風な事を思ひ出しながら今の状態に思ひ比べて見ると、十年十五年の間にもいろんな世相の變遷がある。と、考へると同時に何《なん》か自分の背後に強大なる力が隱れて居るやうに思はれる。
 それからまた暗い海へ出て、恣《ほしいまま》な冥想に耽つたのである。
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夕暮れがたの濱へ出て
二上り節をうたへば、
昔もかく人の歌ひ※[#「候」のくずし字、383−上−22]と
よぼよぼの盲目《めくら》がいうた。
さても昔も今にかはらぬ
人の心のつらさ、懷《なつか》しさ、悲しさ。
磯の石垣に
薄紅《うすくれなゐ》の石竹の花が咲いた。[#地付き](同日深更)
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 昨夜《ゆうべ》は空が眞黒《まつくろ》であつたが、今朝六時半に起きた時も亦冬とは云ひながらあまり暗かつた。それでも日の出る頃には曇つた空が段々と明るくなる。そこへ遠くで汽笛がなる。
 汽船宿には派手な縞の外套を小脇
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