に、「え、どつこい、どつこい」と云ふ refrain で金剛杖で船の板をうつ拍子が明かに聞えて來て、こなたの濱も色めき出した。即ち二人の若者は勢よく着物を脱いで女達に渡し、それから海を清む可く、藻屑を浚ふ可く冷い海水の中に飛び込んだ。そこで輕い感動が見物の間に現はれて來る。單に儀式とは見えない眞面目を以てこの二人の男は海の中を驅け廻る。祭典の遊戲的活動は愈※[#二の字点、1−2−22]まじめなものに鍍金されてしまふ。Lipps の自己投入の説では無いけれども、見物さへも自《みづか》ら海に入つた時のやうな筋肉の緊張を覺えて、隨つて、御船を待つ心は愈※[#二の字点、1−2−22]切になる。御輿の魂は六百の見物に乘り移つたのである。
 然し此場の situation の面白さは予が立つ處より、寧ろかの二階の窓から見たものの方が優れて居るだらう。明け放つた後景の窓のあなたには暗示的な青い海が見える。その方を眺めながら八九人の女子供の群が立つ。時々下の方から騷がしいざんざめきが聞える。もしその内の一人の女が、下の出來事の經過を Hofmannsthal ばりの美しい言葉で語つたら一篇の戲曲が出來
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