の歌らしいのが書きつけてあった。辰子は、少し嫂を軽蔑しなければならないやうに思った。
 彼女は、ある時、久し振りに旅から帰って来た、兄の顔を玄関でよく見た。彼女は、
「泣きぼそみあり、わが思ふ人」。といふ嫂のかきつけてあった歌の下句を思出してゐるからであった。彼女は淡い恐怖の心を持って見た。しかし、青白い兄の顔には黒子《ほくろ》が一つもなかった。
 辰子は、もはや自分の心で嫂を考へまいと思った。嫂は、いつまでも冷たく真面目にすましてゐた。
[#下げて、地より2字あきで](推定・大正四年作・発表誌不明)



底本:「素木しづ作品集・山田昭夫編」札幌・北書房
   1970(昭和45)年6月15日発行
初出:不明
※旧仮名中の拗促音の小書きと、新字・旧字の混在については整理せず、底本のママとしました。
入力:素樹文生
校正:柳澤敦子
2001年12月14日公開
青空文庫作成ファイル:
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