かに入れて、男の顔を見たが、彼女はなにかに気がついたやうに、ふと口を閉ぢて茫然《ぼんやり》と遠い所を見た。
彼女の口のなかのジャガ芋が、丁度凍ったかのやうに固くざく/\してゐて、非常に不味かったのだった。彼女はふと驚いたやうに黙って前歯でかみなほしたが、彼女の心は、いつか淋しくうつむいてしまってゐた。
彼女は日々の苦しみや悲しみ疲れを思出したのであった。そしてジャガ芋の無味な、かゝはりのない冷やかな不味《まづ》さが、彼女に静かな淋しい遠くはなれた心を与へた。彼女は結婚後の貧しい悲しみにみちた現実の生活を思ひ浮べたのであった。
そして、それがあまりに永く引きつゞいた生活のやうにも思はれた。彼女はふと自分がすっかり老いてしまったかのやうに考へられた。そして静かに涙にみちた日のことや、物質の為めに脅かされ恐れてすごした日々や、病の為めに悲しみ苦しんだその日その日のことを遠い心が静かに思出してゐるのだった[#「ゐるのだった」は底本では「ゐのだった」]。けれどもいま思出してる彼女には、すべてが夢のやうであった。苦しみも悲しみもなつかしい夢のやうであった。
そして考へて見れば、わづかに結婚
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