あれば、時《とき》の中《うち》にこうして生活《せいくわつ》してゐるといふことも、不思議《ふしぎ》になる。本當《ほんたう》に考《かんが》へて見《み》れば、一寸《ちよつと》した機會《チヤンス》、また一|秒間《びやうかん》の時《とき》の爲《た》めに、未來《みらい》のどんな運命《うんめい》が湧《わ》き出《で》ないともかぎらないのだ。
 私《わたし》が病氣《びやうき》して海岸《かいがん》に行《ゆ》かなかつたならば海岸《かいがん》に行《い》つて宿《やど》の窓《まど》から、海《うみ》の方《はう》を見《み》てゐなかつたならば――、彼女《かれ》は末男《すゑを》と夫婦《ふうふ》にならずに、見《み》ず知《し》らずの人《ひと》として終《をは》[#ルビの「をは」は底本では「をほ」]つたかもしれない。最《もつと》も親《した》しい人《ひと》となるといふことも、見《み》ず知《し》らずの人として終《をは》ることも、大《たい》した變化《かはり》がないのだ、と思《おも》ふと、まち子《こ》はなんとなく、すべてがつまらないやうな氣《き》がして來《く》るのであつた。
『もしも、その頃《ころ》二人《ふたり》が教會《けうくわい》に知《し》り合《あひ》になつてゐたらどうなつたでせうね。』
『お前《まへ》が、十四五|位《くらゐ》の頃《ころ》だらう。』
『えゝ。』
 彼女《かれ》は、眞面目《まじめ》な顏《かほ》をして、うなづいた。
『じや、お互《たがひ》に戀《こひ》したね。きつと。』
 二人《ふたり》は、そんな話《はな》しをして、つまらなそうに笑《わら》つた。[#「笑《わら》つた。」は底本では「笑《わら》つた」]そして、なんとなく秋《あき》らしい空《そら》のいろと、着物《きもの》の肌《はだ》ざわりとに氣《き》がつくと、やはり二人《ふたり》は堪《た》えがたいやうに故郷《こきやう》の自然《しぜん》を思浮《おもひうか》べるのであつた。そして、しばらく物《もの》をも云《い》はずに考《かんが》へ込《こ》んだやうにしてゐると、急《きふ》に日《ひ》が短《みぢ》かくなつたやうに、開《あ》けはなしてある椽《えん》の方《はう》からうす暗《くら》い影《かげ》が見《み》え初《はじ》めるのであつた。
 けれども、まち子《こ》はそれをかへり見《み》やうともせずに、
『私《わたし》、北海道《ほくかいだう》に行《い》つても、誰《た》れにも知《し》つた人《ひと》に逢《あ》はふとは思《おも》ひませんわ。私《わたし》はたゞそつと自分《じぶん》が前《まへ》に殘《のこ》した足跡《あしあと》を、車《くるま》の幌《ほろ》の間《あひだ》からでも見《み》てくれゝばいゝんですもの。それでも、私《わたし》、どんなに悲《かな》しいことだらうと思《おも》ひますわ。[#「ますわ。」は底本では「ますわ」]只《たゞ》ね、そう考《かんが》へるだけでも、涙《なみだ》が出《で》そうなんですもの[#「ですもの」は底本では「でずもの」]。藻岩山《さうがんざん》が紫色《しゝよく》になつて見《み》えるだらうと思《おも》ひますの、いま頃《ころ》はね、そして落葉松《からまつ》の葉《は》が黄色《きいろ》くなつて、もう落《お》ちかけてる時《とき》ですわね。私《わたし》あの、藻岩山《さうがんざん》に三|度《ど》も登《のぼ》つたことがあるんですわ。』
 まち子《こ》は、目《め》の前《まへ》に、すべての景色《けしき》が見《み》えでもするかのやうに、一|心《しん》になつて涙《なみだ》ぐみながら云《い》ふのであつた。すると、末男《すゑを》も、おなじやうに、
『俺《おれ》だつて、誰《た》れにも逢《あ》はふとは思《おも》はない、只《たゞ》あの石狩原野《いしかりげんや》だの、高原《たかはら》の落日《おちひ》、白樺《しろかば》の林《はやし》なにを考《かんが》へてもいゝなあ――それに五|月《ぐわつ》頃《ころ》になるとあの白樺《しろかば》の根《ね》に、紫色《むらさきいろ》の小《ちい》さいかたくりの花[#「かたくりの花」に傍点]が咲《さ》くなんていふことを考《かんが》へると、全《まつた》くたまらない。來年《らいねん》こそは、どうしても行《い》つて見《み》やう。
『本當《ほんたう》にね、どうにかして行《い》つて見《み》ませうね。[#「見《み》ませうね。」は底本では「見《み》ませうね」]私《わたし》は、ステイシヨンについたらすぐに、車《くるま》でお父樣《とうさま》のお墓參《はかまゐ》りに行《い》かうと思《おも》ひますわ。創生川《そうせいがは》ぶちから豐平橋《とよひらばし》を渡《わた》つて行《ゆ》くんですわ。あなたも、一|所《しよ》に行《い》つて下《くだ》すつて。』
『ううむ、行《ゆ》くさ。』
 末男《すゑを》は、無雜作《むざうさう》[#ルビの「むざうさう」はママ]に答《こた》えて、
『俺《お
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