あれば、時《とき》の中《うち》にこうして生活《せいくわつ》してゐるといふことも、不思議《ふしぎ》になる。本當《ほんたう》に考《かんが》へて見《み》れば、一寸《ちよつと》した機會《チヤンス》、また一|秒間《びやうかん》の時《とき》の爲《た》めに、未來《みらい》のどんな運命《うんめい》が湧《わ》き出《で》ないともかぎらないのだ。
私《わたし》が病氣《びやうき》して海岸《かいがん》に行《ゆ》かなかつたならば海岸《かいがん》に行《い》つて宿《やど》の窓《まど》から、海《うみ》の方《はう》を見《み》てゐなかつたならば――、彼女《かれ》は末男《すゑを》と夫婦《ふうふ》にならずに、見《み》ず知《し》らずの人《ひと》として終《をは》[#ルビの「をは」は底本では「をほ」]つたかもしれない。最《もつと》も親《した》しい人《ひと》となるといふことも、見《み》ず知《し》らずの人として終《をは》ることも、大《たい》した變化《かはり》がないのだ、と思《おも》ふと、まち子《こ》はなんとなく、すべてがつまらないやうな氣《き》がして來《く》るのであつた。
『もしも、その頃《ころ》二人《ふたり》が教會《けうくわい》に知《し》り合《あひ》になつてゐたらどうなつたでせうね。』
『お前《まへ》が、十四五|位《くらゐ》の頃《ころ》だらう。』
『えゝ。』
彼女《かれ》は、眞面目《まじめ》な顏《かほ》をして、うなづいた。
『じや、お互《たがひ》に戀《こひ》したね。きつと。』
二人《ふたり》は、そんな話《はな》しをして、つまらなそうに笑《わら》つた。[#「笑《わら》つた。」は底本では「笑《わら》つた」]そして、なんとなく秋《あき》らしい空《そら》のいろと、着物《きもの》の肌《はだ》ざわりとに氣《き》がつくと、やはり二人《ふたり》は堪《た》えがたいやうに故郷《こきやう》の自然《しぜん》を思浮《おもひうか》べるのであつた。そして、しばらく物《もの》をも云《い》はずに考《かんが》へ込《こ》んだやうにしてゐると、急《きふ》に日《ひ》が短《みぢ》かくなつたやうに、開《あ》けはなしてある椽《えん》の方《はう》からうす暗《くら》い影《かげ》が見《み》え初《はじ》めるのであつた。
けれども、まち子《こ》はそれをかへり見《み》やうともせずに、
『私《わたし》、北海道《ほくかいだう》に行《い》つても、誰《た》れにも知《し》つた
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