る神はなかった。母親は、また起き上った。そして、もはや何事も言はずに、彼女の毛布にかくれた足の方をぢっと見入った。
 かくて、お葉はこの一夜《ひとよ》の中を、うゑた人のやうに疲れと絶望とに力なく瞳をとぢては、又いつか重い瞼《まぶた》を上げて空を仰ぎ、死の恐怖に堪へられなかったのである。[#底本では行頭一文字下げていない、35−13]
 やがて、夜はあけた。世のあらゆるすべての静寂が、この花一つにふくまれて咲くやうな月見草のはなのやうに夜はあけはなれた。ほの白い夜あけの空気が、病室のなかに立ちこめる。
『あゝゝ、夜があけた。』
 お葉は、初めて意識がはっきりして来た時、絶望の後の力なさであった。もはや、時が進むといふのは、どうする事も出来ない力である。時の行くまゝに人は行かねばならない。彼女は、もはや何の為めに今日自分自身の片足を切断しなければならないのか?といふ事は思ふ事が出来ない。これも通過しなければならない時の道であるのだ。
 お葉は、水の一滴牛乳の一つも林檎の一切《ひときれ》も口に入れなかった。そして改めて、空を見、窓を見、壁を見、天井を見て、自分の明らかに開いた二つの目を悲しく
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