お葉には、あり/\と淋しい道を音をたてゝ引かれてゐる車が、目に見えてるのだ。母親は、お葉の枕を高くしながら、『あれは、雨だれが落ちる音ぢゃないか。』と言って不思議さうに娘の顔色を見た。
翌朝、久し振りに美《うるは》しく晴れて水のやうな秋の光が、すべてを祝福するやうに流れてゐた。そして雨にぬれた木の葉がつやゝかに光ってゐた。お葉は御飯をたべ終った後、漸くの事で決心して書いた手紙を看護婦にたのんで、何処かの病室に一人でゐる紫の女に送った。が、すぐあとで彼女は後悔した、そして恥しさで赤くなった。紫の女は尊い詩のやうな美しい女なので、とても自分などの近よる事の出来ない人だと思ったのだった。やがて、看護婦は、細い封筒を持って帰って来た。お葉は、それをなにか恐ろしい出来事でもあるやうに気遣はしく、そっと開いてみたが、それはいつも輸送車の行きずりにかはす、『あなた、少しはおよろしくって、』といふやうな、優しさとなつかしさのある、そしてものたりない短い手紙にすぎなかった。お葉は、淡《うす》い巻紙にやさしく美《うるは》しくかゝれた手紙をいく度も繰り返して、すべて自分の存在を想像のなかにうづめてしまった
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