自分が疲れからすっかり逃れる事が出来、さわやかに美しい日が来るやうな気がした。
あを向けに寝かされたまゝ起き上る事の出来ない日が二週間もつゞいた。その間はすべて灰色に曇った日のやうに思はれた。青い空も彼女の目には入らなかったし、明るい光線も彼女の頬を照しやしなかった。そしてあを向けに寝てゐる脊中の痛さに目をうるませて、天井を見てゐた。そして天井を見ながらも、夢の中のやうにやがて来る幸福といふものを考へて居たのである。幸福といふものがどんなものかは知らない。彼女は小さい時、朝日が山の上から上る時に、幸福が来やしないかと、静かに嬉しい心で見てゐた。また夕日が山のかげにかれる時、あの遠い山の影には、幸福があるやうな気がした。そして彼女は少女《をとめ》になった。併しまだその幸福といふものを同じやうに考へながら、必ず自分に近よって来るやうに思ってるのだ。夜が明けると雨がしとしと降って居た。曇った硝子ごしに、前の棟の屋根の上の空気ぬけの塔が、霧から晴れるやうにはっきりとして来て、いぶし銀のやうな空を彼女は見た。そして窓際に椿の葉がつや/\と輝いて居た。お葉は母親から渡された、ぬれたタオルでもって
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