ない。腰のあたりに大石をのっけたやうに千斤の重さがある。そして胸の辺りからずっとリヒカ[#「リヒカ」に傍点]が掛けられて、物々しく毛布がたれて居た。併し、足を失ったといふことが、どうして解り、どうして感じられよう。彼女の頭は、唯両足の重いといふより感じられなかったのである。
『熱い、あつい。』お葉は、両わきにだらりと下げた手を、氷の入った金盥《かなだらひ》のなかに落した。白く死んだやうな手に、冷たさがしん/\としみて行った。
母親は、あまりながい手術の間を身悶えして病室にまち、廊下を歩いては、『万一手術中に死亡の事有之候とも遺存これなく候』と手術契約書を出したことを考へて、もうあれが最後であったかもしれない。寧《いっ》そ若い身空で不具《かたは》となって生きるよりは、このまゝ死んで呉れた方がお葉の為めでもあり、また自分にもその方がいゝかもしれないなどゝ考へて居たが、かうして娘はベッドにねて居るが、何処にその恐ろしい変化が加へられたのだらうと思った。両手はやはりすこやかに延びて、指一本欠けてる所もない。何事もおこらない。何事もあったのではない、考へてた事すべては夢であったといふやうな気が
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