松なんですよ。』
彼女は、ふと松を見た。そしてそんな恐ろしい事実のある松も、この美《うるは》しい日に美《うるは》しい空の光にそびえてる事を思って、美しい日であるといふ不安に、心が淋しくおちつかなかった。
『まだ。』お葉の心は少し落ちついた。
『えゝもうぢき、あの杉浦さんは入歯を入れて居りませんか、入歯があったらみんな取って置かないとこまりますから。』
『いゝえ。』と彼女は、悲しさうに看護婦の顔を見ながら、『なぜ、』と問ひかへした。
『それはね、魔薬をかけたあとで入歯が咽喉《いんこう》に入ると危いから――。』
看護婦は深くは言はず、なだめるやうに答へた。
『それから指環は。』彼女が一寸《ちょいと》手を動かした時、指環が目についたので、お葉は少しもゆるがせにしては不可ないといふやうに、また看護婦の顔を見た。
『さうね、おまちなさい。取った方がいゝでせうね。』
真白な小さいそれ自身が花であるやうな美しい彼女の手の紅指《べにゆび》にルビーの指環《ゆびわ》は、あまりに幸福に輝いてゐた。青い空を背景に、彼女はあを向けに手を胸の上に上げて、幸福に輝く指環をぬいた。そして看護婦に渡した。お葉は、
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