かにこの表面に再び浮き上ることの出來ない底があつたならば、いまに自分は入ることがあらうと思ふのである。いま朝日は玻璃の窓を通してお葉の肩から胸に斜に影を投げた。黒髮が綾に光つて、青い簪《かんざし》の玉は、そこに陰鬱な影を投げてゐた。
 お葉はいまあまりに緊張《はり》きつた一脚の足の肉にふれて驚ろいたのである。足は常に精一ぱいの力に張りきつて、そこに少しのゆるみもなく延びてゐるのだつた。この脚が私の全身を支へるのだ。支へるといふことを知つたこの足の醜さよ。しかし彼女の右の手は柔かに白い、丁度日蔭の草のやうに、育たない短き肉塊の右足を押へてゐるのだつた。それは本當に赤子のやうに、いぢらしく慄《ふる》へてゐた。そして温い血しほが、ゆるやかに流れてゐたのである。お葉は生きんとする人間の醜さを考へた。殊にだんだん畸形にかはる自分の肉體を、いま目の前に見せられて淺ましく思つた。
 ある人がお葉に言つた。
「だんだん畸形に育つんだね。」
 その時彼女は松葉杖をつく爲めに、柔かな掌が足の裏のやうに變つてゆくのを感じて、膝の上の手をまさぐつてゐたのだつた。
 お葉は夕暮その家を辭して、石垣の上に靜かなオ
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