す》むといふ人魚の樣に、似るべくもない四肢の醜さをなげき悲しんだのである。みなぎつた朝の日光が、高い玻璃戸から側の窓硝子から輝かに清く靜寂の浴場のなかに漲《みなぎ》つて、湯つぼは碧色に深く濃く湖のやうに平かであつた。お葉は初めてわが肉體の美しさと、なつかしさと、あまりに廣やかな周圍から何物かの迫つて來る恐れを感じたのである。
 彼女は絶えず肩から桶のお湯を流し、あまりに露骨にこの明るさのうちに解放されたる肉體を見て戰慄《をのの》いた。
「まあ、お前は肥《こ》えたねえ。」
 母親はながく見ないお葉の身體に驚きの聲を放つたのである。胸の肋骨はゆたかな肉にかくされた。衿元《えりもと》に筋のいるくぼみは盛り上げられて、肩はまるく兩腕はながながとのびてゐた。そして花のやうな乳房の上にお葉は睫毛《まつげ》をながく伏せたのである。
「いいお湯、なんといふ氣持のいいお湯だらうね。お前一寸お入りよ。おさへてて上げようか。」
 衰へた母親の兩腕はお葉の前にのびたのである。しかしお葉は湯ぶねのへりに腕をなげかけて、靜かなお湯の面に指を觸れながら、底にうつるわが黒髮のさまを見つめたのであつた。そして祕《ひそ》
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