ひきかせてゐる自分自身を見た。
『なぜお母樣は、足が一本ないの。』
『お母樣はね。』と彼女自身は云ひきかせるやうに誠らしく念をおして、
『お前を産む爲めに苦しんで、そして病氣になつて足を切つてしまつたの。』
けれども多緒子は急に胸がふさがつて、眼にいつぱいの涙が浮んで來ると、泣き出しさうな心になつた。なぜ自分は、そんな嘘を誠らしく本當に云はうとしてるのだらう。多緒子は、自分が不具であるといふ苦しさ悲しさの責任を、何も知らない、そして彼女の言葉のすべてを信じようとして、瞳を見張つてゐる我子の肩に荷なはせようとしたのだけれども、それは殆ど無意識に、多緒子の苦しい愛の悲しみのなかに彼女が考へたことであつたのだ。そして彼女は自分のその嘘によつてでも、我子のあはれみと愛とを求めようとしたのである。
多緒子は、涙をはらつて、自分自身をいまはしく思つた。そして赤ん坊の無心な顏をぢつと見つめて、また新らしく涙をながした。
『私は、この可愛い自分の子供を負つて歩くことも、手を引いて歩くことも、そして抱いて歩くことも出來ないのだ。子供はいまに知らないで、この母親の脊に手をかけておんぶ[#「おんぶ」に傍
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