。多緒子の痩せた胸にとび出た乳房は、幸子のことを思ふと、つまるやうになつてかたく張つて來た。
幸子をつれて置いて來た巍《たかし》は、すぐ歸つて來たが、うろ/\と部屋のなかを歩いてなか/\坐らうとはしなかつた。多緒子はかたく張つた乳をおさへては時々何か言はうとしては、巍《たかし》の方を見た。彼はふと窓際に腰をおろして考へるやうにしてゐたが、
『幸子が泣いてつれられて來たんぢやないか、たしかに幸子の泣き聲だ、俺は泣いてこまるやうだつたら、すぐつれて來てくれと言つて來たんだから。』
と、あわてたやうに外《そと》に飛び出した。
その夜|二人《ふたり》は、各々《おの/\》の心のなかに響く子供の聲に、幾度となく目覺めて耳をすました。そしてあけやすい夏の空が白んだと思ふと、巍は飛び起きて部屋の戸をあけはなした。白い曉の空氣は、靜かに部屋のなかに流れ込んだ。けれども何物もないすべてのものを奪ひ取られたやうな彼は、ぶらつと部屋のなかに立つてゐた。そして彼女は流れて來た白い朝の光りをそつと見ると、堪へがたく悲しみに打たれたやうに、再び眼を閉ぢた。
巍は氣がついたやうに、幸子の樣子を見てくると言つて
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