顏を見ると泣き出した。彼は部屋のなかを歩きまはつた。すると幸子は急に泣きやんで彼の顏を見ると笑つた。
 多緒子は嬉しさうにその樣子をぢつと見てゐた。巍《たかし》は嬉しさうに幸子の顏をぢつと見つめた。幸子の笑つてる顏には、いま泣いた涙がまだ頬をつたつてゐた。そしてやがて、彼の瞳にも、彼女の瞳にも、涙が新らしく浮んで來た。
 その夜、多緒子は夫に自分の死に對する恐怖を物語つた。そして彼女はつけ加へた。
『そして私はこんな事まで考へますの。私は肺が惡いんでせう、肺は感染《うつ》つてからでも十年位もひそんでゐるつて云ふんですもの、もしも私が死んでしまつてから、あなたが病氣になつて死ぬやうなことがあつたら、幸子はなんといふ不幸な子になるでせう。孤兒になるんですもの。そして幸子が一人ぼつちになつてから、また肺病になつたとしたら、幸子は看病してくれる人もなく、本當に道ばたにたふれて死ぬかもしれませんわ。ね、私はそんなことになつたらどうしようと思ひますわ。本當に病氣はいやだ。どうかしてはやく癒りたい。』
 と彼女は顏に手をあてた。
『本當に、どうかして出來る丈のことをして癒さう、それでも癒らないで、お
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