幸福への道
素木しづ
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)階段《きざはし》の
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|言《こと》も
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)淡絹《※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]エル》
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)郊外へ/\と
−−
『上れますか。』
高い、こまかい階段《きざはし》の前に、戀人の聲が、彼女の弱い歡樂の淡絹《※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]エル》をふりおとした。
彼女は、立止まつた、その瞬間、いま賑かな街を俥で飛んで來た、わづか十五分間の、眩惑されるやうな日のなかの、うれしさの心まどひが、彼女の心の底に常にひそんでゐる孤獨と悲哀の恐ろしさに、つゝまれてしまつた。『私の幸福を、私の弱さがさまたげやしないか。』彼女は、非常に弱かつた。そしてその足は、彼女がせまい胸を壓するやうに、脇の下にはさんでゐる所の、黒い杖でさゝへなければ、まだ若い彼女は、この光りにみちた地上を歩くことが出來なかつた。
そして、それがすべて若くして病める弱い人々のやうに、あらゆるうれしさや、よろこびの、さゝいのなかにも、淋しい恐ろしい孤獨と悲哀とを感ずるチヤンスを、見出すことを忘れさせなかつた。『私の弱さが、私の歡樂をうばひはしないか。』と。
『えゝ、』彼女は、高い階段《きざはし》の先を見上げた。その高い階段《きざはし》は、また先の方に暗くなつて、登つただけ、再び降《お》りなければならなかつた。
彼女は、睫毛《まつげ》をふせた。その階段《きざはし》が、彼女を威壓するやうに見えたから、彼女の弱い足元がふるへて、不安とかなしみが混亂してこみ上げて來るのを感じた。けれども、それが彼女一人の時においてゞなく、戀人の呼吸と、その衣《きぬ》ざはりのかすかな響とを、傍に聞くことが出來たから、不安は、羞恥と淡《あは》い恐れとになつて、彼女は、上氣《じやうき》したやうに、頬を赤くそめてうつむいた。
彼女は、そしてその伏せた瞳のなかに、女が白い細やかな、紅の裾に卷かれた兩足を持つて、蛇のやうにすばやく駈け登つて行くのを見た。
彼は、靜かに、そして斜に階段を上り初
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