である。彼は、彼女を見た。
『行きませんか。』
 彼女は、つとめて死の誘惑にみちた心を、押しかくさうとして立上つた。落葉の上に、彼女の身體がふら/\となつた。彼は、後にまはつた。そして、彼女の裾にからみついた落葉をつまんで、投げてくれた。二人は、また靜かに歩き出した。
 やがて、彼等は再び、廣い限りない空につゞく白い道を見た。二人は、その道に疲れた白い埃を立てゝ、元來た道にむなしく歸らなければならなかつた。幸福は、すべて嘆きであつたらうか。憧憬は、悲哀にをはるものだつたらうか。彼女の心は、淋しさにうづもれてゐた。
『疲れたでせう。』彼は言つた。彼女は苦しみながら言つた。
『あたし、あたしたちの戀もかうして、終るんだらうと思ひますわ。』
 必ずそれにちがひない。遂に何物もないのではなかつたか。けれども、彼女は深い溝が渡れなかつた。もしや、すゝきのしげみに、幸福がひそんで居はしなかつたらうか。弱いなげきが、彼女の心にみちた。
『彼女は、なげいてゐる。』さう思つた時、せまつた彼の感情は、容易に言葉を見出さなかつた。しかし、やうやく彼は、歩きながら言つた。
『とう/\僕だちは、野がみつからずに歸らなければならないんですね。疲れたでせう。けれども、これが終りじやないんだ。とにかく、僕だちは道をあるいた人です。幸福に通ずる道を、歩いた人ですからね。たとへ野を見出すことが出來ないとしても、よろこばなければならないと思ふんだ。幸福への道だと思へば、今日は、これで十分でしたね。』
 しかし、彼女は考へた。果して幸福といふものが、他に存在してゐるだらうか。これが幸福に通ずる道でなくて、このなげきが幸福そのものでないかしら。そして、この不滿が戀そのものであるのだかもしれない。さうすると、私たちの戀も幸福もなんといふかなしい、不滿な、なげきであるのだらう。けれども、彼女はいま心のやはらぎの上に、快い靜けさが起るのを感じてゐた。
 二人は、まだ秋の野であつたといふ事に、思ひつかないのだらうか。戀は、秋の野に緑の野を求めるみたされないはかない憧憬であつたかもしれない。そして、求めかねた、不安な不滿な心につながるものであつたかもしれない。戀の安住は、戀の幸福は、死と生を超越しなければ得られないものであつたらうか。また、何物にか到達する道が、戀であるのだかもしれない。
 二人は、つめたい風に、すべ
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