帰った時、母親の姿が見えなくって、客間からよほど前の記憶にある伯母の声がきこえていた。彼女はお茶を持って行かねばならなかったけれども、少女は、それがたまらなく嫌で仕方がなかったので、じっとして本をよみ初めた。
『お縫ちゃん、お縫ちゃん』
 母親は、客間から出ようとして彼女をよんだ。しかし彼女がふと母親の方を見た時、母親はきつい目をして彼女を見た。彼女は重たいかなしい心になって、母親を恨みながらお茶を持って出た。
 少女は客間の襖に手をかけた時に、仕方なく自分の心がとけてゆくのを感じた。そしていつかやわらかな微笑が、少女の心と顔とをつゝんでしまった。彼女は顔を赤くそめながら伯母の前にお茶をすゝめて、すぐ引かえした。伯母は、歯を黒くそめた色の白い人であった。
『まあ、お縫ちゃんがすっかりいゝ娘さんになってしまって、見ちがえるように綺麗にやさしく、おとなになりましたねえ。』
 伯母のその言葉が、少女の引かえして来る耳のうしろに聞えた。少女はふと立止って自分の身のまわりをそっと見た。そしてなにかしら自分の知らないことがあるような気がしてならなかった。



底本:「北海道文学全集 第四巻」立風
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