『なぜ男に生れなかったろう。』少女は、窓の硝子に熱いかすかな汗のにじんでいる額を押しつけて、裏の垣根に咲いている赤い豆のはなを見た。その時竹垣のすき間から裏道をつたって、友だちが軽やかなメリンスの浴衣《ゆかた》を着て、やわらかな草履の音をたてながら、歩いて来るのを見た。やがて玄関に少女の名をよぶ声がきこえた。
 少女は、しいて呼吸《いき》をひそめるように、なに物にか追われるような心でじっとしていた。母親のひきずるような足音がいそいで、此方《こちら》に来て、母親は、彼女の部屋の襖を開けて優しく、
『お前、お友だちが誘いに入らしたんだけれども、今日はいかないんだろうね。』と云ったけれども、『お前、今日は行っちゃいけないよ。』とたしなめるような声であった。少女は玄関に母と友だちの賑かな声を聞いた。彼女はまた部屋に一人残されてしまった。
『もうあの人だちのお仲間入りは出来ないんだ。』
 少女は家の中が再び静まりかえったことを思いながら、考えた。そしてこんな事を想像だにしなかった以前の楽しかった軽やかな、月日を思い出した時に、それは丁度予期しない災のようなつらさだった。
 けれども少女はこれか
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