しかった。茶の間の方に兄や姉などの声が入りまじって聞える時などは、みんなの楽しさにくらべて閉込《とじこも》っている自分の身が、殊更にあわれまれた。けれどもどうしても、自分はみんなのお仲間入りをして、楽しく話し合うというようなことは出来なかった。この変化があまりに自由であった少女の肉体に、どれだけの束縛を与えたことだろう。
少女は、一人でじっと悲しさや不安に沈みながらもふと今日は姉の活花《いけばな》の日であるという事を思出した。彼女は、美しい姉が今日は、どんな様子をしてどんな美しい花を持って行くだろうと考えると、それを一目見たいと思った。またきのう自分が学校で赤い羅紗のマークをつけて上げた兄のボールの襯衣《しゃつ》をもう一度着て見せて貰いたかった。けれども彼女は動くことが恐ろしく不安だった。少女は、耳をすまして家の中の静かな事を考えながらまた急にかなしくってならなかった。
やがて、『行ってまいります。』と、姉が常のように晴れやかな声で、出て行くのが聞えた。少女は、姉が金仙花と、赤い夏菊とをそろえて、花の方を地にさげて持ちながら、出てゆくのを想像した。そして紫のパラソルが道向うの生垣の角を曲るのをも、目の中に考えて見ることが出来た。
少女はすぐに、強い兄の足音が響いて来て『お縫ちゃんは、どこに行ったんだろう。』と云ってるのが聞えた。彼女は、兄がいまにも襖を開けて自分を見るであろうと思った時、兄のなつかしさと同時に、恐ろしい羞恥がまた彼女を苦しめた。そしていつものように、柔道を教えるといって引出したり、それからピンポンをしよう等と云い出したら、どうしようと思ったが、それよりも自分のこの恥しいいまわしいことを知られたらと思って、少女はたまらなそうに身をすくめた。
『どうしたんだいお縫ちゃんは、今日は馬鹿におとなしいね。』
兄はやはり襖を開けた。そして少女をのぞき込んだ。少女はあわてゝ机の側にしっかりと身をよせた。そして彼女は漸く兄を振りかえった。その目は、なにか弱いものゝ哀願的な光りをおびて涙ぐんでいた。そして少女は物をいう事が出来なかった。
『身体《からだ》が悪いの。』
兄は再び云って、妹の顔を見たが、その部屋の静まりかえった様子や、妹の瞳が涙に光っているようなのを見て、彼は妹をなにがなしにあわれだと思った。そして彼女がどことなく神々《こう/″\》しくふれてはならないものゝように見えた。彼は彼女を安心と静けさのなかに置こうとそのまゝ静かに襖を閉じた。彼は一人で歌をうたいながら庭の方に歩いて行った。
少女は、そのあとを見送って茫然と泣き出しそうになった。兄の様子がなんだか自分をさげすんで相手にしないようにも見えたのであった。彼女はしみじみと、何人にも話すことの出来ない自分一人のかなしさや恥しさや不安を持たねばならない身が淋しかった。
少女は、もはや世のすべての人が厭わしく逢いたくないと思った。たった一人になりたい。そして早く早く月日が北風のように立ってしまえば、いゝと思ったが、すぐそのあとからなぜ自分は女に産れたろうと考えた。なぜ自分は女にならなければならないのだろう、少女はもはや女であるという自分の運命を呪い初めたのであった。そして女であるという自らを卑下し、自らをあわれんだ。
男にさえ生れたら、私はいつも/\楽しかったに違いない。少女は兄の強い腕や広い胸輝いてる瞳などを思出した。そしてまた兄の友だちの楽しい愉快な話しぶりや、元気な力強い歩き振りを考えた。そして、男性に対する絶望的な憧憬《しょうけい》と、強い羨望の心が少女を苦しませた。
『なぜ男に生れなかったろう。』少女は、窓の硝子に熱いかすかな汗のにじんでいる額を押しつけて、裏の垣根に咲いている赤い豆のはなを見た。その時竹垣のすき間から裏道をつたって、友だちが軽やかなメリンスの浴衣《ゆかた》を着て、やわらかな草履の音をたてながら、歩いて来るのを見た。やがて玄関に少女の名をよぶ声がきこえた。
少女は、しいて呼吸《いき》をひそめるように、なに物にか追われるような心でじっとしていた。母親のひきずるような足音がいそいで、此方《こちら》に来て、母親は、彼女の部屋の襖を開けて優しく、
『お前、お友だちが誘いに入らしたんだけれども、今日はいかないんだろうね。』と云ったけれども、『お前、今日は行っちゃいけないよ。』とたしなめるような声であった。少女は玄関に母と友だちの賑かな声を聞いた。彼女はまた部屋に一人残されてしまった。
『もうあの人だちのお仲間入りは出来ないんだ。』
少女は家の中が再び静まりかえったことを思いながら、考えた。そしてこんな事を想像だにしなかった以前の楽しかった軽やかな、月日を思い出した時に、それは丁度予期しない災のようなつらさだった。
けれども少女はこれか
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