た。
 彼女は茫然と瞳を見開いて不思議なやうに部屋の壁や天井を見てゐた。そして産婆は平然と彼女の傍にその目っかちのやうな瞳をかたよせて坐ってゐた。
『大丈夫かい。本当にしっかりしてくれ。』
 彼は入るなり云って彼女の枕元に坐った。産婆は片目にしわくちゃな皺をよせて笑った。
『どうでせうか。本当に心配はないでせうか。医者をよびませうか。』
 彼はやがて哀願するやうに産婆に云った。
『えゝ大丈夫です。この位なら私でも少し無理をすればたりるんですけれどもね。まあ、もう少し様子を見ることにしませう。』
 沈黙がつゞいた。そして彼はじっとうつゝのやうな彼女の顔を一秒でも見のがさないやうにと深く見つめてゐた。死は、どんなにひそかに表はれて来るものだらうか。そして死はいかなるかげにひそんでゐるものだかわからない。
 やがて、次第に夜がふけて来たやうだった。真暗な夜の空の冷たさが、どこからともなくひそやかに流れて来たやうだ。そして、部屋の空気がいつとなくひえ/″\として来た。けれども彼女の後産はまだ下りなかった。そして彼女はつめたそうな顔をして、うつゝともなく瞳をとぢたまゝでゐる。
『大丈夫かい。なん
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