の腰やお腹をさすり初めた。
 けれどもやがてその痛みは、すっと逃れるやうに消えてしまった。そして彼女はまた茫然と夢のなかに浮かされたやうな快さのなかに、うっとりと瞳を閉ぢてしまった。お葉の身体はなんでもないやうな厚い夢の衣につゝまれてしまったやうであった。
 男はほっと深く息を吸ひ込むやうにして、窓の方をにらむやうに眼を見はった。
 いま彼の神経は、帆のやうに張りきって、また次の瞬間には木の葉のやうに、ふるへてゐるのであった。真白な殆んど冷たそうな色をして静かに目を閉ぢてるこの可哀想な女が、不自由な肉体でどれ丈の苦しみをしたことだらう。妊娠中に知らない旅から旅へと歩いて少しの慰安も与へることが出来ずに、彼女の心がなやみに疲れ、かなしみにおぼれて、なんの用意もない所に、不意にそしてあまりに早くお産をしなければならなくなったのだ。
『ゆるしてくれ。すべてのことをゆるしてやってくれ。』
 男は小さな声で、彼女の顔に息をふきかけるやうに云った。その時彼はふとむこうの部屋で、そうだ、あのあはれな生物がうすい眼を開いてたあの小さなうす暗い部屋の方で、さわぐやうな声を聞いた。男は急に立ち上って部屋を
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