やくその指をのばした。そして彼女の口は自然に開かれて彼女がかつて唄ったことのない唄が口から出て来た。
『ねんねんねんねん――ねんねんな。ねんねんねん――ねんねしな――。』
とぎれとぎれに彼女は力なく唄って、その疲れたやうな白い小さな指先で、夜具の上を静かに打ちはじめた。
彼女はつかれた。そして彼女の手は赤ん坊の夜具の上にしほれたやうに投げ出されたまゝ動かなくなった。そして彼女の瞳がぼんやりと閉ぢられてしまったけれども、彼女はなほ唄ってゐた。
『ねんねんねんねん、ねんねんな――、赤ちゃんはねんねしな、ねんねしな――』
男は、ふとつめたい床のなかから唄の声を聞いて飛び立つやうに目覚めた。そして見るとねてるやうな彼女の唇から、歌がとぎれとぎれに聞えてゐたのであった。そして赤ん坊は小さな顔に皺をよせて、細い細い声を立てゝ泣いてゐた。
しら/″\と白い光りが部屋のなかにどこともなくたゞよって、いつのまにか部屋は暁の冷たい空気にみたされた。そして彼等の夢のやうな夜が明けたのであった。そして、彼も彼女も淋しく床のなかにめざめた。
赤ん坊は、一人赤ん坊のみは、やうやく平和のかなしみのなかに瞳を
前へ
次へ
全17ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
素木 しづ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング