のをなだめようと、歩いてるのであった。そして赤ん坊のあまりに物あはれなその顔に、彼のくぼんだ深い瞳をうるませながら、なぐさめがたい悲しみにふるえながら、ひそかに歩いてゐたのであった。
『あゝ、赤ちゃんは。』
 彼女の不思議な気がゝりが、彼女が目覚めると同時に声を立てた。そして彼女は赤ん坊をかゝへてゐる男の後姿をながめた。
『あゝ、赤ちゃんが泣くの。』
 けれども、彼女の声はひくかった。彼は静かに唄を歌ってゐた。
『ねんねんねんねん――ねんねんや――赤ちゃんはおりこうだ、ねんねしな――』
 彼女はふと、その唄を聞くと、涙がぼうと浮んで来た。そしてそのかなしみのなかに、彼女は茫然と沈んでしまった。動かされない身体の痛みとだるさを、そして彼女は急に感じたのだった。
 彼女は、やがてまた耳についてるやうな、細くかなしげな声の為めに目覚めた。そしてそっと彼女の隣りの夜具に瞳をやると、大きな夜具の上が心地《こゝろもち》動いたとも思はれないほど、動いて、すき通るやうな小さな声はそこから洩れてゐたのであった。
『おゝ、赤ちゃんや。』
 彼女は、力なく夜具のなかから手を出した。そして隣りの夜具の上にやう
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