お砂の花ばたけ
… … … … … … … … … … … … …
地から二尺と よう飛ばぬ
季節おくれの もんもん蝶
よろめき縋る 砂の花
坊やはねらふ もんもん蝶
… … … … … … … … … … … … …
その一撃に
花にうつ俯す 蝶のいろ
あゝ おもしろ
花にしづまる 造りもの
「死んでる? 生きてる?」
… … … … … … … … … … … … …
松脂は つよくにほつて
いちんち 坊やは砂場にゐる
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夢からさめて
この夜更《よふけ》に、わたしの眠をさましたものは何の気配《けはひ》か。
硝子窓の向ふに、あゝ今夜も耳原御陵《みゝはらごりよう》の丘の斜面で
火が燃えてゐる。そして それを見てゐるわたしの胸が
何故《なぜ》とも知らずひどく動悸うつのを感ずる。何故《なぜ》とも知らず?
さうだ、わたしは今夢をみてゐたのだ、故里《ふるさと》の吾|古家《ふるや》のことを。
ひと住まぬ大き家の戸をあけ放ち、前栽《せんざい》に面した座敷に坐り
独りでわたしは酒をのんでゐたのだ。夕陽は深く廂に射込んで、
それは現《うつゝ》の日でみたどの夕影よりも美しかつた、何の表情もないその冷たさ、透明さ。
そして庭には白い木の花が、夕陽《ゆふひ》の中に咲いてゐた
わが幼時の思ひ出の取縋る術《すべ》もないほどに端然《たんぜん》と……。
あゝこのわたしの夢を覚したのは、さうだ、あの怪しく獣《けもの》めく
御陵《みささぎ》の夜鳥《やちよう》の叫びではなかつたのだ。それは夢の中でさへ
わたしがうたつてゐた一つの歌の悲しみだ。
かしこに母は坐《ざ》したまふ
紺碧《こんぺき》の空の下《した》
春のキラめく雪渓に
枯枝《かれえ》を張りし一本《ひともと》の
木《こ》高き梢
あゝその上にぞ
わが母の坐《ざ》し給ふ見ゆ
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蜻蛉
無邪気《むじやき》なる道づれなりし犬の姿
何処《いづこ》に消えしと気付ける時
われは荒野《あれの》の尻《しり》に立てり。
其の野のうへに
時明《ときあかり》してさ迷ひあるき
日の光《ひかり》の求むるは何《なに》の花ぞ。
この問ひに誰か答へむ。弓弦《ゆづる》断《た》たれし空よ見よ。
陽差《ひざし》のなかに立ち来つつ
振舞ひ著《しる》し蜻蛉《あきつ》のむれ。
今ははや悲しきほどに典雅《てんが》なる
荒野《あれの》を
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