ゑ》む稚児《ちご》よわが膝に縋《すが》れ
水脈《みを》をつたつて潮《うしほ》は奔《はし》り去れ
わたしがねがふのは日の出ではない
自若《じじやく》として鶏鳴をきく心だ
わたしは岩の間を逍遙《さまよ》ひ
彼らが千の日《ひ》の白昼を招くのを見た
また夕べ獣《けもの》は水の畔《ほとり》に忍ぶだらう
道は遙に村から村へ通じ
平然とわたしはその上を往《ゆ》く
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 早春


野は褐色と淡《あは》い紫、
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田圃《たんぼ》の上の空気はかすかに微温《ぬる》い。
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何処《どこ》から春の鳥は戻る?
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つよい目と
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単純な魂と いつわたしに来《く》る?
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未《ま》だ小川は唄ひ出さぬ、
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が 流れはときどきチカチカ光る。
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それは魚鱗《ぎよりん》?
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なんだかわたしは浮ぶ気がする、
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けれど、さて何を享《う》ける?
[#ここで字下げ終わり]
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 孔雀の悲しみ 動物園にて


蝶はわが睡眠の周囲を舞ふ
くるはしく旋回の輪はちぢまり音もなく
はや清涼剤をわれはねがはず
深く約せしこと有れば
かくて衣光りわれは睡りつつ歩む
散らばれる反射をくぐり……
玻璃なる空はみづから堪へずして
聴け! われを呼ぶ
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 夏の嘆き


われは叢《くさむら》に投げぬ、熱《あつ》き身とたゆき手足《てあし》を。
されど草いきれは
わが体温よりも自足《じそく》し、
わが脈搏《みやくうち》は小川の歌を乱しぬ。

夕暮よさあれ中《なか》つ空《そら》に
はや風のすずしき流れをなしてありしかば、
鵲《かさゝぎ》の飛翔の道は
ゆるやかにその方角をさだめられたり。

あゝ今朝《けさ》わが師は
かの山上に葡萄を食《しよく》しつつのたまひしか、
われ縦令《たとひ》王者にえらばるるとも
格別不思議に思はざるべし、と。
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 疾駆

われ見てありぬ
四月の晨《あした》
とある農家の
厩口《うまやぐち》より
曳出さるる
三歳駒を

馬のにほひは
咽喉《のど》をくすぐり
愛撫求むる
繁き足蹈《あしぶみ》
くうを打つ尾の
みだれ美し

若者は早
鞍置かぬ背に
それよ玉揺《たまゆら》
わが
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