のうちに身を埋め、ひそひそとささやいた。そのさざめきをば、ともすると、さらりと夜風が伝えて来た。物の化《け》か幽霊のような、あやしくひそやかなその響を。異様に、恐ろしく、ひいやりと、薄気味わるく。物の音を耳には聴いたが、何《なん》にも考えることは出来なくなったんだ。それでもその時|忽然《こつぜん》として、万事が会得せられたのだね。あの市街の石のような沈黙のうちに、僕は見たんだ、蒼涼《そうりょう》たる夜《よる》の流に包まれて紅き血汐の暴いバッカントの踊るのを。その屋根屋根を廻《めぐ》って燐光の燃え、怪しい物かげのゆらゆらと反映するのを。僕はその時はっと思いついた。ああ市《まち》は眠っている。だが狂酔と苦患《くげん》とは目を覚ましている。憎悪、精霊《せいれい》、熱血、生命、みんな目を覚ましている。生命、命《いのち》あるもの、最も力あるもの――人はそれを持っていながら往々忘れていることがあるね。
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一瞬時瞑目する。
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  いろんなことで僕はすっかり疲れてしまったんだ。その一夜《ひとよ》に見たことは実際
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