に吸い、夜の香、また熟したる露に酔いしれているようであった。暗闇の静かな息づかいが庭の物の香を僕の額《ひたい》に吹き寄せ、僕は、おや、何《なん》か柔いなよなよとした衣裳のかすれて行ったのかな、温い手の手触りかなと思ったんだ。白絹のように白い月の光には、恋に狂う蚊《か》の群が舞踊していた。池の面には微《かす》かな閃光《せんこう》が浮び、ぴたぴたと音《ね》を立てて、上下《うえした》に浮き沈みした。だが今でも分らないんだ。確《たしか》に白鵠《はくちょう》であったろうか、それとも水浴するナイアスの白い素肌であったのかしら。女の髪の毛の甘い匂のように、更にまた蘆薈《ろかい》の香《か》が雑った……ところがそんな一切の有像《うぞう》が忽《たちま》ち一つに融合してしまったんだ。強靱無比な、堅牢な一大荘厳――思想も言葉も絶したんだ。
アントオニオ 君は羨《うらや》ましい人間だな。そんな事を観て来たのか。暗闇の裡で起るそんないろいろな事象を。
ジヤニイノ 僕は半分夢の中にいたんだ。それで、ふらふらと歩いて、市《まち》の見下せる処まで往った。市は脚下に息《やす》らって居り、月と河とで取巻く光輝の衣《ころも》
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