為《さ》せ申すことはない。欲しいものは差上げるがいいんだ。
チチアネルロ (歔欷《きょき》す。)今日か明日《あす》かだ。それでおしまいだ。
ジヤニイノ もういつまでもあなた方にお隠しすることもありませんと医者が言った。
パリス いやいや、先生がおかくれになる筈はないんだ。医者はうそを言っているんだ。自分にも分らない好い加減の事を言っているんだ。
デジデリオ 生命を創造したチチアノ[#「チチアノ」はママ]が死ぬと云うのか。誰がそれなら生命に力、位を与えよう。
バチスタ だが御自分の容体がどんなか知ってはおいでにならないのかい。
チチアネルロ 熱のうちに、息もつかず、いつになく荒々しく、新しい画をおかき始めになった。むすめたちに傍に来て立っていろとおっしゃった。われわれには出て行けとおっしゃった。
アントオニオ 画をおかきになることは出来るのか。そんな力がお有りになるのか。
チチアネルロ まるで謎のような情熱だ。今までだって、画をおかきになる時、あんな風なことはなかった。まるで殉教者の狂熱に駆られておいでになる。
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一侍僮右手の扉より出で来る。その後ろより下僕たち。人々驚く。
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チチアネルロ ┐
ジヤニイノ ├どうしたんだ。
パリス ┘
侍僮 いんえ、何でもございません。何でもございませんのです。先生が庭の離れから画を持って来いとお仰《お》せになりましたので。
チチアネルロ どうなさろうと云うんだろう。
侍僮 画を御覧になりたいとおっしゃるのです。「無慙《むざん》にも色の褪せた陳《ふる》いのと、今かいている新しいのと較べて見たい。もとたいへんむずかしいと思ったことが今でははっきりと分って来た。今まで思いも寄らなかった悟《さとり》がやって来た。実際今までは仕様のないぼんくらだったわい。」こうおっしゃいますので。お吩咐《いいつけ》通りにして差支ございませんでしょうか。
チチアネルロ ああ好い、往け、構わない、早く往け。お前たちがぐずぐずしていれば、その刻々お苦しみになるんだ。
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その間に小厮《こもの》たちは舞台を行き過ぎてしまう。階段のところで侍僮、小厮たちに追いつく。チチアネルロは足を爪立てて歩み寄り、そっと幕を掲げて後方に入る。あとの人々は心安からぬ
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