《たいまつ》の光、臥し眠る心にはさゆらぎの律動を鳴らす音楽、わかき女には鏡、花には明るい温い太陽の光、即ち一つの眼《まなこ》――美が初めて自己を認める調和の源……それ等のものをば、自然は彼の内心の光のうちに発見したのだ。「われ等を喚び起したまえ、われ等よりバッコスの祭を作りたまえ。」凡そ生きとし生けるものは彼を慕い、言葉は出さねども、彼の眼差《まなざし》をうち見つめつつ、かくは叫んだのだ。
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アントオニオがかく話しているうちに、三人の少女たちは静かに戸より離れ、立ち止ってそっとその話を聴く。唯チチアネルロのみはやや懶《ものう》げに、且つ気乗りせぬげに右手の方に群を離れて立ち、少女たちを眺めている様子。ラヴィニアは金髪を黄金の綱にて留め、ヴェネチア貴族として豪華のいでたちをしている。カッサンドラ及びリザは年の頃十九歳、十七歳ばかりにして、しなやかに身に附き、ひらしゃらとなびく白き地質の衣を着ている。腕はあらわにて、その上膊には蛇形の黄金の環をはめ、サンダアルを穿《うが》ち、黄金の細工の帯を締めている。カッサンドラは灰がかりたる金髪。リザは黄いろき薔薇の蕾《つぼみ》を黒髪にかざしている。どことなく壮《わか》き男のようなる処あること、恰《あたか》もジヤニイノに処女《むすめ》処女したる処あるに似ている。彼等の後方には一侍僮戸口から出て来る。手に打ち出し模様の銀の酒杯を携えている。
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アントオニオ 夢みるように、夕風のうちに立つ遠い樹の茂りのおもしろさ……。
パリス 青い入江を行き過ぐる倏忽《しゅっこつ》の白帆のかげに美を覚り……。
チチアネルロ (軽く首を下げて少女たちに会揖《かいゆう》しながら。――少女たち皆その方を向く。)あなたがたの髪のにおいを、その沢《つや》を、またあなたがたの形の象牙の白さを、柔かに巻く黄金の帯を、音楽として、幸福として感ずるのは――畢竟《ひっきょう》、先生が僕たちに、物を見ることを教えてくだすったからなんですよ。(苦渋の調子にて。)だがあの下の町の人々にはそんな事は一切分らないでしょう。
デジデリオ (少女たちに。)先生はおひとりなのですか。誰も往ってはいけないのですか。
ラヴィニア ここにいろとおっしゃりました。今は誰も来てはいけないのですって。
チチア
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