るので、午後の水浴をしてゐる娘共にからかふ気も起らない。又、緩やかな石の坂道を下り続ける。
 夾竹桃が紅い花を簇《むらが》らせてゐる家の前まで来た時、私の疲れ(といふか、だるさといふか)は堪へ難いものになつて来た。私は其の島民の家に休ませて貰はうと思つた。家の前に一尺余りの高さに築いた六畳敷ほどの大石畳がある。それが此の家の先祖代々の墓なのだが、其の横を通つて、薄暗い家の中を覗き込むと、誰もゐない。太い丸竹を並べた床の上に、白い猫が一匹ねそべつてゐるだけである。猫は眼をさまして此方を見たが、一寸咎めるやうに鼻の上を顰《しか》めたきりで、又目を細くして寝て了つた。島民の家故、別に遠慮することもないので、勝手に上《あが》り端《ばな》に腰掛けて休むことにした。
 煙草に火をつけながら、家の前の大きな平たい墓と、その周囲に立つ六七本の檳榔《びんろう》の細い高い幹を眺める。パラオ人は――パラオ人ばかりではない。ポナペ人を除いた凡てのカロリン群島人は――檳榔の実を石灰に和して常に噛み嗜《たしな》むので、家の前には必ず数本の此の樹を植ゑることにしてゐる。椰子よりも遥かに細くすらり[#「すらり」に傍点
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