をますます赤くして脂を浮出させ、しかも絶えず黄色い歯を剥出《むきだ》してニヤニヤし続けている。そうして、例によってはっきり[#「はっきり」に傍点]しない言葉でゆっくりゆっくりまだ細君の話を続けている。かなり際どい話を、実に素朴な表現で、縷々《るる》として続ける。当人には別にそれが際どい話だという自覚はなく、ただもう話さずにはいられないで自《おの》ずと話しているらしい。閨房中のことについて何か今の奥さんに遺憾な点があるのだといって、締りのない口付でそれを長々と述べ、「大変残念なことです」と叮寧《ていねい》な言葉で、第三者のことをいうような言い方をするのである。一体どういう了見でこんな話をするのか、と、三造はしばらく、まともにこの男の顔を見返して見たが、結局、とりとめのない・ぬらぬらしたような笑いに空《むな》しく突離《つっぱな》されるだけだった。こんな話を聞く時には一体どんなポーズを取り、どんな顔付をすればいいのか、三造はすっかり当惑して、てれくささ[#「てれくささ」に傍点]を隠すために強いて盃を取上げるのである。
 気が付くと、三造の前の真白な瀬戸物皿の上に、いつの間に来たのか、それこそ
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