いと自己の真の位置に気付くこともあるかも知れない。)さてその最後の瞬間に至って、始めてハッとするのだろう。ハッとして、さて、それから、どうなるのだ?……そんな事をあても無く想像して見るだけで、真正面からこれについて考える気力が無く、大掃除を一日延ばしにして怠けている安逸さで、一日一日、それとの直面を惧れ避けているのであった。(それでいて、彼は、「いまだ生を知らず。いずくんぞ死を知らん」などと言った男を憎んだ。「いまだ死を知らず。いずくんぞ生を知らん」と感ずるような素質を享《う》けた人間だってあるんだ、と考えたのである。)いわば、ちょうど小説を読む時に、途中の哀れな事件――主人公がいじめられたりするような――などは読むに堪えず、ドンドン飛ばして先を読もう、結末を知ろうとして、書物の終りの方の頁を繰って見る根気の無い読者のように、――そういう人々にとっては、経過とか経路とかいうものは、どうでもよい。ただ、結果だけが必要なのだが――彼もまた、途中の一切の思索とか試錬とか、そういうものを抜き[#「抜き」に傍点]にして――そんなものには、とても堪えられない。そんなものに真正面からぶつかって行く勇
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