流を想像して、恐ろしさに堪えられず、アッと大きな声を出して跳上ったりすることが多かった。そのために幾度も父に叱られたものである。夜、電車|通《どおり》を歩いていて、ひょいとこの恐怖が起って来る。すると、今まで聞えていた電車の響も聞えなくなり、すれちがう人波も目に入らなくなって、じいんと[#「じいんと」に傍点]静まり返った世界の真中に、たった一人でいるような気がして来る。その時、彼の踏んでいる大地は、いつもの平らな地面ではなく、人々の死に絶えてしまった・冷え切った円い遊星の表面なのだ。病弱な・ひねこびた・神経衰弱の・十一歳の少年は、「みんな亡びる、みんな冷える、みんな無意味だ」と考えながら、真実、恐ろしさに冷汗の出る思いで、しばらく其処に立停《たちどま》ってしまう。その中に、ひょいと気がつくと、自分の周囲にはやはり人々が往来し、電燈があかあかとつき、電車が動き、自動車が走っている。ああ、よかった、と彼はホッとするのであった。これがいつものことだった。(註1)(註2)
 子供の時に中毒《あた》ったことのある食物が一生嫌いになってしまうように、このような・人類や我々の遊星への単純な不信が、も
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