最初の感動が過ぎ、二日三日とたつうちに、李陵の中にやはり一種のこだわりができてくるのをどうすることもできなかった。何を語るにつけても、己《おのれ》の過去と蘇武のそれとの対比がいちいちひっかかってくる。蘇武は義人《ぎじん》、自分は売国奴《ばいこくど》と、それほどハッキリ考えはしないけれども、森と野と水との沈黙によって多年の間鍛え上げられた蘇武の厳《きび》しさの前には己の行為に対する唯一の弁明であった今までのわが苦悩のごときは一溜《ひとたま》りもなく圧倒されるのを感じないわけにいかない。それに、気のせいか、日《ひ》にちが立つにつれ、蘇武の己に対する態度の中に、何か富者が貧者に対するときのような――己の優越を知ったうえで相手に寛大であろうとする者の態度を感じはじめた。どことハッキリはいえないが、どうかした拍子《ひょうし》にひょいとそういうものの感じられることがある。繿縷《ぼろ》をまとうた蘇武の目の中に、ときとして浮かぶかすかな憐愍《れんびん》の色を、豪奢《ごうしゃ》な貂裘《ちょうきゅう》をまとうた右校王《うこうおう》李陵《りりょう》はなによりも恐れた。
 十日ばかり滞在したのち、李陵は
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