んぶ》しているのは、数か月前李陵が都を辞するときに盃《さかずき》をあげて、その行を壮《さか》んにした連中ではなかったか。漠北《ばくほく》からの使者が来て李陵の軍の健在を伝えたとき、さすがは名将|李広《りこう》の孫と李陵の孤軍奮闘を讃《たた》えたのもまた同じ連中ではないのか。恬《てん》として既往を忘れたふりのできる顕官《けんかん》連や、彼らの諂諛《てんゆ》を見破るほどに聡明《そうめい》ではありながらなお真実に耳を傾けることを嫌《きら》う君主が、この男には不思議に思われた。いや、不思議ではない。人間がそういうものとは昔からいやになるほど知ってはいるのだが、それにしてもその不愉快さに変わりはないのである。下大夫《かたいふ》の一人として朝《ちょう》につらなっていたために彼もまた下問を受けた。そのとき、この男はハッキリと李陵を褒《ほ》め上げた。言う。陵の平生を見るに、親に事《つか》えて孝、士と交わって信、常に奮って身を顧みずもって国家の急に殉ずるは誠《まこと》に国士のふうありというべく、今不幸にして事一|度《たび》破れたが、身を全うし妻子を保《やす》んずることをのみただ念願とする君側の佞人《ねい
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