へいさ》の上を、のがれ去った部下の数を数えて、確かに百に余ることを確かめうると、李陵《りりょう》はまた峡谷の入口の修羅場《しゅらば》にとって返した。身には数創を帯び、自《みずか》らの血と返り血とで、戎衣《じゅうい》は重く濡《ぬ》れていた。彼と並んでいた韓延年《かんえんねん》はすでに討たれて戦死していた。麾下《きか》を失い全軍を失って、もはや天子に見《まみ》ゆべき面目はない。彼は戟《ほこ》を取直すと、ふたたび乱軍の中に駈入《かけい》った。暗い中で敵味方も分らぬほどの乱闘のうちに、李陵の馬が流矢《ながれや》に当たったとみえてガックリ前にのめった。それとどちらが早かったか、前なる敵を突こうと戈《ほこ》を引いた李陵は、突然背後から重量のある打撃を後頭部に喰《くら》って失神した。馬から顛落《てんらく》した彼の上に、生擒《いけど》ろうと構えた胡兵《こへい》どもが十重二十重《とえはたえ》とおり重なって、とびかかった。

       二

 九月に北へ立った五千の漢軍《かんぐん》は、十一月にはいって、疲れ傷ついて将を失った四百足らずの敗兵となって辺塞《へんさい》に辿《たど》りついた。敗報はただちに駅
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