》いた。全軍の将卒に各二升の糒《ほしいい》と一個の冰片《ひょうへん》とが頒《わか》たれ、遮二無二《しゃにむに》、遮虜※[#「章+おおざと」、第3水準1−92−79]《しゃりょしょう》に向かって走るべき旨がふくめられた。さて、一方、ことごとく漢陣の旌旗《せいき》を倒しこれを斬《き》って地中に埋めたのち、武器兵車等の敵に利用されうる惧《おそ》れのあるものも皆|打毀《うちこわ》した。夜半、鼓《こ》して兵を起こした。軍鼓《ぐんこ》の音も惨《さん》として響かぬ。李陵は韓校尉《かんこうい》とともに馬に跨《また》がり壮士十余人を従えて先登《せんとう》に立った。この日追い込まれた峡谷《きょうこく》の東の口を破って平地に出、それから南へ向けて走ろうというのである。
早い月はすでに落ちた。胡虜《こりょ》の不意を衝《つ》いて、ともかくも全軍の三分の二は予定どおり峡谷の裏口を突破した。しかしすぐに敵の騎馬兵の追撃に遭《あ》った。徒歩の兵は大部分討たれあるいは捕えられたようだったが、混戦に乗じて敵の馬を奪った数十人は、その胡馬《こば》に鞭《むち》うって南方へ走った。敵の追撃をふり切って夜目にもぼっと白い平沙《
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