悪少年だった男だが、前夜|斥候《せっこう》上の手抜かりについて校尉《こうい》・成安侯《せいあんこう》韓延年《かんえんねん》のために衆人の前で面罵《めんば》され、笞《むち》打たれた。それを含んでこの挙に出たのである。先日|渓間《たにま》で斬《ざん》に遭った女どもの一人が彼の妻だったとも言う。管敢は匈奴の捕虜の自供した言葉を知っていた。それゆえ、胡陣《こじん》に亡《に》げて単于《ぜんう》の前に引出されるや、伏兵を懼《おそ》れて引上げる必要のないことを力説した。言う、漢軍には後援がない。矢もほとんど尽きようとしている。負傷者も続出して行軍は難渋《なんじゅう》を極めている。漢軍の中心をなすものは、李《り》将軍および成安侯韓延年の率いる各八百人だが、それぞれ黄と白との幟《し》をもって印としているゆえ、明日|胡騎《こき》の精鋭をしてそこに攻撃を集中せしめてこれを破ったなら、他は容易に潰滅《かいめつ》するであろう、云々《うんぬん》。単于《ぜんう》は大いに喜んで厚く敢を遇し、ただちに北方への引上げ命令を取消した。
翌日、李陵《りりょう》韓延年《かんえんねん》速《すみや》かに降《くだ》れと疾呼《しっこ
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