、彼はしばしば(殊に青年たちの前にあって、)それらの世界への理解を示そうとする。――多くの場合、それは無益な努力であり、時に、滑稽でさえある。――しかもこの他の世界への理解の努力は、常に、悟性的な概念的な学問的な範囲にのみ止《とどま》っていて、決して、感情的に異った世界、性格的に違った人間の世界にまでは及ばないのである。かかる理解を示そうとする努力、――新しい時代に置き去りにされまいとする焦躁――が、彼の表面に現れる最も著しい弱さである。
(ここまで書いて来た三造は、絶えず自分につきまとっている気持――自分自身の中にある所のものを憎み、自身の中に無いものを希求している彼の気持――が、伯父に対する彼の見方に非常に影響していることに気が付き始めた。彼は自分自身の中に、何かしら「乏しさ」のあることを自ら感じていた。そして、それを甚だしく嫌って、すべて、豊かさの感じられる(鋭さなどはその場合、ない方が良かった)ものへ、強い希求を感じていた。この豊かさを求める三造の気持が、伯父自身の中に、――その人間の中に、その言動の一つ一つの中に見出される禿鷹《はげたか》のような「鋭い乏しさ」に出会って、烈し
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