鯛の刺身を一人で三人前も喰べたのはいいが、そのおかげで昨夕は何度も嘔吐や腸出血らしいのがあったのだとも言った。何しろ医者を寄付けようとしないので従姉も困っているらしかった。二階へ上って行くと、果して、伯父は大きな枕の中から顔を此方へ向け、黙ってじろりと彼を睨んだ。それから突然、掃除をしろと言い出した。彼が、座敷の隅にかかっていた座敷箒《ざしきぼうき》を取ろうとすると、まず、自分の寝ている床《とこ》の上から掃かなけりゃいけないと言う。小さな棕櫚《しゅろ》の手箒で蒲団《ふとん》の上を、それから座敷箒で、その部屋と隣の部屋まで、とうとう三造はすっかり二階中掃除させられてしまった。それが終ると、大分伯父も気が済んだようであったが、それでも、まだ「お前は病人を送るために来たのだか、自分の遊びのために来たのだか分らない」などと言った。その晩、三造は早々《そうそう》に東京へ帰った。

       三

 二週間ほどして、伯父は八尾の姪の夫に送られて東京へ帰って来た。何のために大阪へ行ったのか、訳が分らない位であった。恐らく伯父も既に死を覚《さと》ったのであろう。そうして同じ死ぬならば、やはり自分の
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