を不安にした。荷物はすっかりととのえられていた。立つ際になって、封筒に入れて置いた紙幣が一枚、その封筒ごと失《な》くなったといい出した。伯父のなくしものはいつものことである。その時もすぐに、その封筒が部屋のすみの新聞紙の下から出て来た。が、それは半分破れて取れていて、中には、これもやはり破れた十円紙幣が半分だけはいっていた。伯父が反故《ほご》とまちがえて自分で破って捨てたものであることは明らかであった。他の半分は、だが、探しても探しても出て来なかった。伯父は捜索を断念しようとしたけれども、それを聞いて一緒に探しはじめたその神主の家人たちが承知しなかった。探し出して、くっつければ、結構使えるのだからと、そのお内儀《かみ》さんはそう言って、家の裏のごみ[#「ごみ」に傍点]捨場や、その側の竹藪まで、子供たちを探しにやった。「見つかるもんか。馬鹿な。」と伯父は、露骨に不快な顔をして、まるで他人事《ひとごと》のように、彼らの騒ぎ方を罵るのであった。自分自身の失策に対する腹立たしさと、更に、その失策を誇張するかのような仰々しい彼らの騒ぎぶりと、また、自分の金銭に対する恬淡《てんたん》さを彼らが全然
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