いわれる、長くぴん[#「ぴん」に傍点]と突き出た眉の下に、大きい眼がくぼんでいる。三造はその眼を前から美しいと思っていた。この伯父と、それから、そのすぐ下の伯父――その牛若丸のような髪を結った隠者のようなお髯の伯父と、この二人の老人の眼は、それぞれに違った趣をもってはいるが、共に童貞にだけしか見られない浄《きよ》らかさを持って、いつも美しく澄んでいるのである。一つは、いつも実現されない夢を見ている人間の眼で、それからもう一つは、すっかりおちつき切って自然の一部になってしまったような人間の眼である。この二人の伯父を並べて見るたびに、三造はバルザックの『従兄ポンス』を思い出す。もちろん、上の伯父はポンスよりも気性が烈しく、下の伯父はシュムケよりも更に東洋的な諦観をより多くもち合せているのではあるけれども。
伯父はそそくさと[#「そそくさと」に傍点]ころがるようにして階段を下りて行った。ついて行くと、伯父はもう下宿の下駄をつっかけて出てしまったあとで、帳場で主婦《かみ》さんと女中が笑っていた。
一時間ほどして帰って来た伯父はすっかり綺麗《きれい》になっていた。着物の前は合っていなかったけ
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