く彼は喜んだ様子であった。聞きとりにくい声で繰返し繰返し礼を述べ、曾《かつ》て私がどんな多額の金をやった時にも見せなかった程幾度も幾度も頭を下げた。何故こんな詰まらない事をこんなに有難がるのか、却《かえ》って此方《こちら》が面喰って了った位である。
 その後暫く私はマルクープの消息を聞かなかった。

 三月ばかりも経った頃であったろうか。見たことのない土民青年が一人、私を訪ねて来た。マルクープに頼まれて来たものだと言い、手に提げた椰子の葉のバスケットを私の前に差出した。椰子の葉の粗い編目の間から、一羽の牝※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《めんどり》が首を出してククーと鳴いた。此の※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《にわとり》を届けるように頼まれたのだという。マルクープは其の後どうしている? と問えば、十日ばかり前に死にましたという返事である。欣《よろこ》んでオギワルのレンゲの所へ治療を受けに行ったが、病気は少しもよくならず、到頭その村の親戚の家で死んだということであった。何故※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]を私などへ贈るように遺言したのだろうかと聞いても、若
前へ 次へ
全21ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング